猫十字社『小さなお茶会 完全版』-甘いおとぎ話の中に、時折ビターな真実のかけらが顔を出す

『小さなお茶会 完全版』を読み返し。
子どもの頃、『花とゆめ』を毎月欠かさず買っていた。当時、大好きなマンガが勢ぞろいしていて、『小さなお茶会』は、その中のひとつ。
主人公は、可愛らしい白猫の奥さん「ぷりん」と、そのダンナさん猫で、緩やかで穏やかな性格の「もっぷ」。互いに慈しみ合いながら、優しく時を紡ぐ2匹の物語。
キャラクターが2匹の猫ではなく、人物を描いたものなら、絵柄や習俗が移り変わることで、たちまち古びてしまったかもしれない。
けれど猫を擬人化したことで、俗っぽさから離れ、色褪せない普遍的な語り継ぐべき物語に昇華したように思う。
この心癒される小さな物語は、ぷりんともっぷのお茶会に招かれるように、お気に入りのお茶を用意して、一話一話ゆっくりと愛おしむように味わって読むのがいい。
どのお話も味わい深いのだが、印象に残っている作品は、もっぷが「一匹(ひとり)なりたい」「一匹(ひとり)なりたくない」とベットでつぶやくモノローグから始まる。
隣には、すやすやと眠るぷりん
「きみが嫌いだったりするんじゃもちろんない」
「だけどぼくはどうしてもひとりになりたいんだ」
翌朝、もっぷは、詩の会があると嘘をついて、出かけていく。嘘なんだということばとうしろめたさをいっしょくたにかばんに詰めて。
明るく見送るぷりん。
「愛妻家でいつも穏やかなもっぷが、ぷりんに嘘をつくなんて」と、どきりとする。
行先も決めずにもっぷは、電車に乗り込み、赤い屋根の家が続けて7件あったらそこで降りようと決め、見知らぬ街に降り立つ。
ライラックで満開の公園に佇み、閉まっているガラス張りの本屋を眺め、知らない道をどこまでも石けりしながら歩く。
ひとりを存分に楽しんだ後、安ホテルの一室に落ち着く。
ぷりんを思い出して、寂しくて眠れなくなり、明けの空に浮かんだ大きな白い月を見あげる。
翌朝、アクセサリーショップで、ぷりんのためにばらのブローチを買って帰る。
そんな物語だ。
どんなに好きあった二人でも、一人の時間が必要なときがある。
ましてやもっぷは、詩人だ。
離れて見ることで、その人がどんなにかけがえがない存在か、気づくことがある。
小さな秘密が、愛を育むことがある。
後日のお話で、ぷりんも、もっぷがいない夜をひとりでいる恐ろしさで眠れなかったことが明かされる。
明るく送り出したけれど、もっぷの嘘に気づいていたことも。
本物の詩の会から、朗読会の案内が届いて「今度の朗読会はほんものみたい」「この前のはにせものの会でしょう?」と、しれっとぷりんが言うセリフにぐっとくる。ぷりん奥さん、さすがだ。
相手の、ときに自由になりたい気持ちを尊重するのは、互いが一緒に暮らす上で大事なことだと思う。
仲睦まじいけれど、ベタベタなだけの関係ではない。
こんな風に、甘いおとぎ話の中に、時折ビターな真実のかけらが顔を出す。痛みや切なさもある。そのほどあいが、丁度いい。
扶桑社から出ている全4巻の『小さなお茶会 完全版』は、単行本サイズで大きいので、読みごたえがある。ただ、今では、古い本なので、結構手に入りにくい本かもしれない。
紙にこだわらないのなら、アマゾン読み放題 kindle-unlimitedで、全巻が読めるので(今日現在)、そっちもオススメかも。