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的野アンジ『僕が死ぬだけの百物語』-入れ子構造で綴られる不気味なホラー・ミステリー

僕が死ぬだけの百物語

的野アンジ先生のホラー・ミステリー『僕が死ぬだけの百物語』の更新を、毎回楽しみにしている。「サンデーうぇぶり」というマンガアプリを使って、無料で読んでいる。

教室の窓から大きく身を乗り出して、下をのぞき込むユウマくん。同級生(?)のヒナちゃんが、ユウマくんが飛び降りるのではないかと心配になり、気をそらすために「百物語って知っている?」と声をかけたことが、すべての始まり。

百物語とは、怪談を全部話し終わったときに、本物の幽霊が現れるとされる日本古来の怪談会のスタイルのこと。

ユウマくんの「それじゃあ、一つ目を、…話すよ!」を合図に、ひとつずつ怖い話が語られる。初めと終わりに、少しずつユウマくんのストーリーが進む、入れ子構造になっている。

的野先生の絵柄がホラーにふさわしい不気味さで、得体のしれない不穏な空気が伝わってくる。
1巻の表紙も、真っ赤な爪の何者かがユウマくんの首を絞めていて、ゾッとする。

ゲストキャラクターが、不条理な怪異に巻き込まれていくのだが、時折、怖いけれど切ない話が混じる。そのバランスもよい。

印象的な話は、第三十五夜の『ハッピーバースデー』。
ネタバレになるので、読んでない方は、ご注意くださいませ。

自分の誕生日を一人で過ごしている母親の元に、死んだ娘が帰ってくる話だ。

母親は、離れて暮らす、実の娘アキが自分の誕生日を祝う為に、帰って来たと思い喜ぶ。トイレにいるアキの姿は、見えない。母親の誕生日は、連れ子だった娘ナツの命日でもあった。

母親は、連れ子だった娘ナツが、実の娘アキにだけ愛情を注ぐ自分を恨んで、自殺したと思っている。当てつけで自分の誕生日に死んだことを許せないでいる。

けれど顔の見えない娘は、「ナツは母さんのことを好きだったと思う」と言い、更に「ねえ、まだ私のことアキだと思っているの?」と問いかける。

ナツが帰って来たのだと悟った母は、「何しにきたの!?」と、怖れ、動揺する。
娘の顔は見えないが、その身体は血だらけだ。
「恨んだことなんて一度もない。ただお祝いにきただけ」そう言い残し、ナツは消え去る。
後には、誕生日を祝う花束だけが残されていた。

この辺の見せ方は、もう見事。
思い込みが原因で、相手の真意を見誤って、仲たがいして相手を遠ざけてしまう…悲しいことだが、そういうことは往々にして起こる。

相手が生きていれば、ただの誤解だったと気づく日もあるかもしれない。けれど死んでしまえば、その誤解を解くことは永遠にできない。

ずっと愛していたことを伝えるためだけに幽霊になって現れたナツ。
母親にその真意が伝わればいいなと思う。切ない。

ユウマくんのストーリーでは、何ものかがユウマくんを襲ったり、ユウマくん自身の不可解な行動が描かれる。
何か禍々しいことが起きているのはわかるが、全体像は見えない。
百物語を語り終わったとき、ユウマくんの身に何が起きるのか、こちらも目が離せない。

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