沖田×華『不浄を拭うひと』-表現の幅が広くて、読者を魅了してやまない

前々回(『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』)、前回(『汚部屋掃除人が語る 命が危ない部屋』)と、ゴミ屋敷、特殊清掃についての本をとりあげたが、特殊清掃といえば、こちらも外せない『不浄を拭うひと』について書いてみたい。
作者は、沖田×華先生。
代表作は、アスペルガーであるご自身の日常を描いた『毎日やらかしてます。』他、『透明なゆりかご』『お別れポスピタル』『蜃気楼家族』など多数。
ふり幅が広くて、本当に好きな作家さん。
主人公の山田正人は、39歳。脱サラして始めた仕事は、「特殊清掃」。特殊清掃とは、孤独死などの変死体があった部屋などの原状回復を行う清掃作業のこと。
現場に残された血液や体液などを除去する仕事なわけだが、強烈な死臭や大量の虫、警察が運び忘れたウジの湧いた目玉や、パリパリに乾いた手の皮膚、カツラと見まごう頭皮からごっそりはがれた髪の毛など、その作業は、凄惨を極める。
これだけ聞くと見るに堪えないようだが、ギャグも交えて、かわいくデフォルメされているので、あまり悲惨さは感じない。
死体に湧いたウジをお花で表現したり、ゴキブリをホストとして描くなど、そういうのがダメな人でも、ちゃんと読めるようになっている。
×華先生の才能だなと思うのだが、あるときはギャクやホラーテイスト、あるときは淡々と、ときに叙情豊かにと、描き方はそのときどきで変化して、読者を惹きつける。
好きなエピソードがある。
主人公の山田正人が、特殊清掃の仕事をし始めたばかりの頃、18歳の娘がアパートで亡くなったので、部屋を清掃してほしいと、野口という男性から依頼を受ける。娘の死因は、急性心不全。
離婚後、野口は娘とは疎遠になっていて、何年も会っていない。
清掃を終えた山田は、大事にしまわれていた小さな箱を遺品として、野口に渡す。一緒に箱の中を見てほしいという野口。娘とは血がつながっておらず、心を開いてくれないまま別れることになったから、一人で中を見る勇気がでないのだという。
箱には、沢山のハガキがしまわれていた。それは娘が野口に宛てた、出せずじまいのハガキだった。
ハガキと一緒にあった日記には、いつも冷たくしていたけれど、本当はずっと「お父さん」と呼びたかった、後悔しているということが綴られていた。
心を伝えることができなかった娘の悲しみと愛とが、溢れていたのだ。
山田がいてくれたおかげで、娘を知ることができたと、泣きながら感謝を伝える野口。
実は山田は、死神のように忌み嫌われる特殊清掃の仕事に意味を見出せずにいた。
けれど感謝されることで、山田も、人の心を少しでも軽くできなら、その手助けをしていきたいと、特殊清掃の仕事をしていくことを受け入れるのだった。
本当は生前に、父に対する気持ちを伝えられればよかったのだろうけど、現実はそうはならなかった。
だけど、山田がキレイにしてくれたおかげで、亡くなってからではあったけれど、本当の気持ちを父親に伝えられて、本当によかったと思う。
悲しいけれど、胸があたたかくなるお話だ。
2020年の国勢調査によれば、日本の単身世帯の割合は38%、対して「夫婦と子」世帯は25%。2040年には単身世帯率はほぼ4割に達するという試算も出ているのだという。単身世帯が増えれば、おのずと孤独死も増える。
特殊清掃は、今後ますます必要なものになっていくのだろう。